与信とは、取引先の信用情報や支払能力を評価し、安全な取引をするために取引先ごとに「信用を供与する」手続きです。本記事では、与信とはどういうものなのか、与信管理を進めるための調査や与信枠の決定方法、気をつけるポイントについてわかりやすく解説します。
与信とは、取引先に対して信用を与えることです。企業間取引においては、通常あらかじめ締め日を設定し、締め日までに発生した代金をまとめて請求する「請求書払い」が採用されます。
しかし請求書払いでは、納品と代金支払のタイミングが異なるため、請求金額を回収できないリスクが生じます。そのため、請求書払いは信頼関係のある企業同士でしか実施できません。このように、取引先に信用供与することを与信といいます。
どの程度の信用を与えるかは慎重に決定する必要があります。取引先の中には資金繰りが厳しいところもあり、支払能力を超える取引の場合には、約束の日までに売上代金を回収できないリスクがあるからです。
つまり与信とは、取引先をどの程度信用し、どの程度の金額まで取引すべきかを見極めるための手続きなのです。
与信管理は、取引先からの代金回収リスクを最小限に抑えるためのものです。与信枠や限度額を設け、取引枠の可否を与信調査や審査を通じて判断します。
また、取引先の債務履行状況に応じて、与信の範囲を定期的に見直します。適切に与信管理されていない場合、売掛金の回収が困難となり企業の業績に影響を及ぼしかねません。そのため、与信管理は企業にとって重要な業務であり、感覚だけに頼るのではなく確固とした与信調査が必要です。
与信取引が継続的に行われ特段の債務不履行がない場合には、与信枠や限度額を徐々に増やします。こうした与信管理により、取引先との信頼関係を維持したまま取引の継続・拡大やリスクの管理が可能です。
適切な与信管理は、企業の健全な経営と従業員のモチベーション維持に欠かせません。与信管理を行う目的や重要性は主に以下の4つに集約されます。
企業が与信管理を怠れば、売掛金の未回収リスクを見落とす可能性があります。結果として債権回収の遅延や貸し倒れが発生し、資金繰りが悪化してしまいます。資金繰りの悪化により支払の滞りが生じれば、自社の信用力低下を招きかねません。
与信管理は、こうした売掛金の未回収リスクに対する備えとして欠かせないものです。ここでは、与信管理を行う目的や重要性について解説します。
与信管理の目的は、資金の流れの安定を保つことです。企業間の信用取引では、売掛金の回収リスクが常に存在します。
売掛金が不良債権化すると、売上計上できず損失が増大します。さらに、売掛金の回収スケジュールが乱れると、現金が不足し仕入先への支払に影響を及ぼしてしまう可能性があります。
最悪のケースでは、売上が十分にあるにもかかわらず、資金不足により「黒字倒産」に陥る危険性も排除できません。与信管理を適切に行い、売掛金の回収体制を整えることで売上と回収のバランスを保ち、資金繰りの安定化を図ることが重要です。
与信管理は企業の信頼性の維持・向上においても重要な役割を果たします。不適切な与信管理は貸し倒れリスクを高め、業績悪化や支払の滞りを招きかねません。そうなれば、取引先や金融機関など、ステークホルダーからの信頼を失うリスクがあります。
信用調査会社では、上場企業を中心にさまざまな会社における経営状況の確認が可能です。自社の危機的状況が知られてしまうと、既存取引の縮小や新規取引先開拓の困難化、資金調達の制約などさまざまな側面で悪影響が生じるでしょう。
このように、与信管理は単なる債権保全策にとどまらず、企業の対外的信用力を左右する重要な経営課題です。健全な与信管理体制の構築が、持続的な成長を促す鍵です。
与信管理は、取引先の倒産による「貸し倒れ」や「連鎖倒産」に対するリスク対策の役割を果たします。取引先が破綻した場合、未回収の売掛金による損失や、それが引き金となる自社の倒産の可能性も否定できません。
とくに、売上に占める取引先の比率が高い場合、その取引先の倒産は大きなリスクを伴います。また、一つの取引先の倒産が他の企業にも影響を及ぼし、売掛金の貸し倒れが広がると、その影響はさらに拡大します。
与信管理により、これらのリスクを適切に評価し、特定の企業への依存をできるだけ避けることが重要です。
与信管理は、従業員のモチベーションを維持するためにも必要な要素です。
売掛金が回収できない場合、これまでの営業活動が無駄になり、会社全体の士気が低下するリスクもあります。さらには、取引先からの入金が期日までに確認できない場合、営業担当者等が取引先に催促をしなければなりません。
貸し倒れが発生すると、営業部門や財務・経理部門は後処理や資金調達に追われることになり、場合によっては給与や賞与の削減に迫られるケースもあり得ます。
催促や督促は支払を促す行為であり、とくに営業担当者の場合は、新規開拓や既存顧客のフォローアップなどで忙しい中、追加の業務に負担を感じてしまうでしょう。従業員の精神的負担を軽減するためにも、信用力のある企業との取引を進めることが重要です。
適切な与信管理は、企業の健全経営と債権保全に不可欠です。与信管理の具体的な方法と流れを以下にまとめました。
ここでは、与信管理の一連の与信管理プロセスについて、具体的な手順を解説します。
与信調査とは、取引先の財務状況や経営方針などの情報を収集し、与信判断の材料を得る作業です。営業現場からのヒアリングやWebサイト、信用調査会社、官公庁などの情報から分析し総合的に判断します。
また、従業員一人ひとりが日頃から取引先の経営状態に目を配り、得意先の些細な変化にも気づける習慣を身につけることも重要です。さらに、与信調査は取引開始時だけでなく取引開始後も定期的に実施し、信用情報を常に最新の状態に保つようにします。
収集した情報をもとに、多角的な視点から分析を行うことが重要です。分析手法には以下の3つがあります。
定量分析は、貸借対照表や損益計算書の数値から取引先の経営状況を把握する方法です。上場企業であれば専門機関や企業サイトから情報を入手可能ですが、小規模企業の場合は調査会社に依頼する必要があります。
一方の定性分析は、経営者の人となりや技術力、体制など数値では評価しづらい側面を分析対象とします。企業の潜在力や将来性を判断する上で有効な手段です。
さらに商流分析では、取引先にかかわる企業の範囲を広げ、流通過程全体を調査します。仕入先や最終需要者に加え、決済条件や納品場所なども対象です。取引の全容やトラブルリスクを把握するのに役立ちます。
与信枠(与信限度額)は、各取引先に対して設けられる売掛金の最大値を示します。基本的に、この枠を超える取引はしません。
まず信用力評価をもとに担当者が与信限度額を申請し、それを受けて関連部署が検討した後、承認のプロセスを経て、取引先の与信限度額と取引条件が決定します。
与信限度額が取引先の信用力や取引内容に応じて適切に設定されることにより、過度のリスクを回避し健全な取引に導きます。
社内での承認後、取引先と契約を締結します。
契約書を作成することにより、日常的な取引の安全性と問題発生の抑止、さらには不測の際における債権の保全や回収に役立ち、大きな損害の回避につながります。
定期的に与信限度額や取引条件の見直しを行うことも、日常的な管理の一部として重要です。
取引を開始した後も、与信の事後管理を続けていかなければなりません。取引先ごとの売掛金は、請求の締め日に合わせて残高を計算します。
支払が遅れている場合や、取引先の財務状況についての懸念情報を得た場合は、迅速に取引条件の再評価や担保の確保などの対策を講じる必要があります。
与信調査の手法には、以下の4種類があります。
適切な与信管理のためには、これらの調査手段を状況に応じて組み合わせ、多角的な視点から取引先の実態を把握することが重要です。以下、それぞれについて詳しく解説します。
直接調査には、以下のようなアプローチ方法があります。
【営業担当者による聞き取り】
営業担当者が取引先の経営者や役員から、会社概要・主要な資産・取引先などについて聞き取りを行います。資産の内容や所在地など、具体的な情報を収集することが重要です。ただし、信用調査であることを悟られないよう、自然な会話の中で情報を引き出す必要があります。聞き取った内容は調査表にまとめ、与信管理に活用します。
【決算書類の入手と分析】
取引上の立場次第では、過去2〜3年分の貸借対照表や損益計算書の提出を求め、有利子負債の状況や売上高の推移などから支払能力を判断します。ただし決算書だけでなく、営業担当者からの報告なども考慮し、総合的に判断する必要があります。
【現場観察】
営業担当者が取引先の事業所を訪問し、資金繰りの兆候や在庫状況、従業員の様子など、倒産のサインがないかを観察します。観察結果も調査表に記録し、情報を一元管理します。直接調査では、取引先との対話や現場確認を通じて、経営実態を観察することが重要です。収集した情報は慎重に検証し、与信判断の材料とします。
内部調査とは、すでに取引実績のある既存の取引先について、社内の関係部門から情報を収集する調査方法です。客観的な事実と担当者の実感を組み合わせることで、内部調査の質を高めます。
経理部門からは、過去の入金状況や支払期日の遵守状況などのデータを入手します。また、取引先と直接対話してきた営業担当者や現場スタッフへのヒアリングも有効な手段です。
内部調査は、外部調査と比較すると費用をかけずに調査できるメリットがある一方、取引開始後でなければ情報を得られず、担当者の主観的な見解に左右されやすいといったデメリットもあります。
外部調査では、法務局での商業登記簿や不動産登記簿の閲覧、Webサイトを用いた企業情報の検索などで情報を入手します。Webサイトを用いる際は、社名や代表者名、役員名などで検索することにより、有用な情報の収集が可能です。
さらに、対象企業の取引先である金融機関や他の取引企業などにも確認を行い、直接調査で得た情報の信ぴょう性も検証します。このように、外部調査は取引先に気づかれることなく情報収集できますが、調査には時間と労力が必要です。
依頼調査とは、専門の信用調査会社に調査を依頼し、取引先に関する情報を入手する方法です。信用調査会社であれば、財務データや信用情報、企業の沿革など、自社での直接調査では把握しづらい詳細な情報の入手が可能です。
調査に一定のコストがかかるものの、調査会社の専門性の高いノウハウを活用できるメリットがあります。代表的な信用調査会社には、帝国データバンクや東京商工リサーチなどがあり、企業の信用力を多角的に評価できる情報を提供しています。
内部調査の限界を補い、より精度の高い与信判断を下すためには、信用調査会社への依頼は有効な選択肢といえるでしょう。
与信管理においては、取引先ごとの与信枠(与信限度額)をどのように設定するかが重要なポイントです。与信限度額の決め方には主に3つの方法があります。
与信限度額は、基準とする各数値に「一定割合」と「格付けウエイト」を乗じて求めます。「一定割合」とは、貸し倒れしたとしても耐えうる上限をパーセントで定めた数値を指します。「格付けウエイト」は、取引先を信用度によってランクづけし各ランクごとに重み付けをした倍率です。
与信枠設定後は社内格付け制度を整備し、格付けの評価方法をルール化することにより、情報収集から管理までの一連の流れが円滑になります。
ここでは、それら3つの与信限度額設定方法の特徴について解説します。
自社の売掛金や受取手形などの売掛債権全体に対し、一定割合を乗じて、格付けウエイトに応じた与信枠を決定する手法があります。計算式は「自社売掛債権×一定割合×格付けウエイト」です。
売掛債権とは、掛取引により商品やサービスを提供した後、取引先にその代金を請求できる権利のことを指します。
自社が所有する売掛債権の合計を基準として与信の上限額を設定することにより、回収不能となった場合における自社のリスクを許容範囲内に維持できます。
売掛債権を基準に設定する方法は、売掛債権が一定の割合を超えないようにする仕組みであり、取引先が多く売掛債権の総額が大きい企業にとって利用しやすい手法です。
取引先の仕入債務総額を基準に与信限度額を設定する方法があります。仕入債務とは、取引先が他社に対して負っている買掛金や支払手形の合計額のことを指します。計算式は「取引先仕入債務×一定割合×格付けウエイト」です。
仕入債務からは、支払能力の推測が可能です。ただし、取引先の財務データが手に入らない場合には憶測に依存せざるを得ず、その信頼性を担保することが難しくなります。
取引先の仕入債務総額基準では、取引先の支払能力を超えた与信の防止が可能です。ただし、仕入債務が多額の取引先に対しては、与信限度額が過大に設定されてしまう(支払能力があると評価されてしまう)可能性があり、自社の許容リスクを上回る与信が行われかねません。
仕入債務総額を基準とする方式は、取引先の支払能力を考慮できるメリットがある一方で、自社リスクとのバランスを失いかねないデメリットもあるため、注意が必要です。
取引先の純資産を基準として与信限度額を設定する方法もあります。計算式は「取引先純資産×一定割合×格付けウエイト」です。
取引先が倒産した場合でも、純資産の範囲内であれば債権の一部回収が見込めるでしょう。ただし、取引先が複数の債権者と取引している場合、自社への配当額は不透明です。また、取引先の純資産額が大きければ与信限度額も高くなり、リスクの許容範囲を上回る可能性があります。
与信管理とは、取引先の信用力を適切に評価し、代金回収リスクを最小限に抑えるための重要な業務プロセスです。与信管理は「資金繰りの安定化」「自社の信頼性維持」「連鎖倒産防止」「従業員の業務負担軽減」など、さまざまな目的をもって行われます。
不適切な与信管理は、資金逼迫や債権の貸し倒れ、さらには自社の倒産にもつながりかねません。一方で、健全な与信管理体制を構築することで、取引先との信頼関係を維持しつつ事業基盤の強化と企業価値向上を実現できます。
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与信管理は、取引先からの代金回収リスクを最小限に抑えるためのものです。与信枠や限度額を設け、取引枠の可否を与信調査や審査を通じて判断します。
与信管理が必要な理由として、以下の点が挙げられます。
信用リスクとは、取引先が倒産し、売上債権の回収ができなくなるリスクのことです。損失につながるため、信用リスクを常に意識した取引が必要になります。
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